妄想日記

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かぁちゃぁあん?

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by mafo-pandakun | 2006-10-30 22:21 | Comments(6)

豊かさ

いつの時代にも何かしらの豊かさは存在していた。
しかし、その豊かさは少なくとも10数年あるいは1世代
ほどの経年があって初めて気付くものである。

私たち団塊Jr.の世代は、「教育ママ」「鍵っ子」など
今の子供らのハシリのようなものだった。
けれど、少なくとも野山で遊んだ記憶は確かにあり、
近所の人からも育てられていた記憶もあり、今の子らと
明らかに違うのは、カラオケもプレステもCDもPCも
デジタルなモノは何も無かったことだ。
このことが私たち世代の創造性を育んでくれた、と私は
考える。今の時代でいう「中流家庭」は、当時にしてみれば
「お金持ち」に近かった。お金持ちではないが貧乏でも
なくとも、当時と今とでは「中流」の意識に相当な開きが
あると感じられる。

それは、「物質的」豊かさではなく「精神的」豊かさでは
なかっただろうか。今の時代は、精神の貧しさを埋める
かのように比例してモノに囲まれているように思えて
ならない。

確かに…欲求したから開発され、必要とされたからこそ
普及したのかもしれないけれど…代償は大きい。

当時は、TVゲーム(ハード=ソフトのような箱)が世に
出始めた頃で、記録媒体も少なく、コンピュータなどと
いうものは大学や研究機関あるいは大企業にしか無い
ものだった。スタンスはスパコンに近いかもしれないが、
そもそもコンピュータ自体が未知の存在であったのだから
TVゲームなんてものが何処の家庭にもあるものでは
無かったことが窺い知れるのでは無かろうか?

さて、更に遡ると教育そのものに結びついてくるので
詳細は割愛するが、かつて義務教育が今ほど行き届いて
おらず家事手伝いを当然のこととする時代があった。
農作業や家業ばかり手伝わされていた子供たちは学校に
通い勉学に励むことに憧れを抱く。
人は未知の世界には不安と期待を両手に抱え、無限の
好奇心を抱くことが多分にある。と同時に、自分の意思に
関わらず(例えば病気で、例えば家庭の経済、例えば
年齢制限などなど)、有無を言わさず為さざる状況という
ものがあると反発・抵抗あるいは克服するなどのバイタリティー
も持ち合わせているものだ。

欠けている・満たされない・安心できない・・・それらの
所謂マイナスエネルギーが経済・文明の発展に寄与する
ところであるのは否定しようもない事実である。

しかし…「満ち足りる」ことが実際にあり得るのであろうか?

「命」を授かり「生」を受けるときには誰しもが我が子の
無事の生誕を祈り、ただひたすらに健康を願う。
半年も経たないうちに成長速度を他人と比較したり
義務教育の前から受験戦争へと手を引く。

育てぬものは育たないのだから当然と言われてしまえば
それまで。

ただ…私は時々思うのだ。
自分が楽しく熱中する時間、それは何かを作るために
試行錯誤を重ねるとき、それは何かを補うために手持ちの
材料で欠いたものを埋めるとき。と、いうことは満ち足りて
しまったら楽しみがなくなるではないか!と。

成長も発展も創作も…マイナス要素があって初めて
プラスエネルギーに転じる訳だ。満たされること全てが
「悪」とも思わないが、それは自らが補い努力した結果の
「おまけ」に近い。他人から「満」を与えられても、それは
面白くも何とも無いし、むしろ一番の楽しみを奪われ
興冷めである。

これらは何も物質的な事象に限ったことではない。
精神的成長も、深い悲しみを味わってしまったからこそ
同じ悲しみを与えまいと慎重になり、痛みを感じるから
こそ人を傷つけない強さが育つ。
ベクトルが何処にも向かないエネルギーはゼロであるから
反動も抵抗も無い。痛みを感じない代わりに喜びも感じ
られない感情の襞の無い人間へと、細胞という物質だけが「育つ」のである。

せっかく感情のある生き物に生まれて其は勿体無い。笑

何を持って「幸せ」と感じ何を持って「豊か」と思うかは
誰にも指定する権利は無いが、精神的豊かさは自分で
しか手に入れられない唯一の「モノ」ではなかろうか。
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by mafo-pandakun | 2006-10-29 20:54 | 雑談 | Comments(6)

晩酌

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相方(旦那)は普段、休みの日及び前日しか晩酌をしない。
が、今日は色々と考えねばならぬことが多かったらしく、珍しく晩酌をご所望。
秋刀魚と鮪の刺身を盛りつけた。
刺身にしたのはお店の方で私は盛りつけただけ…(^_^;)だが、なかなか上手くいった。(と自画自賛)www

流石に旬の素材、これで¥436!
既に写真のお刺身様は私達の胃の中へと旅立たれてしまいましたが、旨かったなぁ…。
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by mafo-pandakun | 2006-10-24 23:07 | Comments(4)

いじめ

昔々…私は苛められっ子でした。一般的な苛められっ子
とは毛色が違い、「苛められっ子」と称するのはいささか
語弊が無いとも言えませんが、まぁ…「いじめ」に遭って
いた訳ですよ。

このブログをご覧くださっている皆様には
「え?苛めていたほうじゃないの?」とツッコミを
入れられそうな気がしないでもないが(^^;)

実際、高校生以降は友人にも恵まれ、凡そ「いじめ」に
遭っていた人間とは思えないほど青春を謳歌していたと
しみじみ思います。

けれど…私は中学の3年間、確かに、「いじめ」に
遭っていたのです。「いじめ」にも様々な手段?が
ありますが、私の場合は無視に始まり靴を捨てられた
のは勿論、最後は大人数からビンタの嵐で終わりました。

始めの2年間は同じクラスの女子、2~3人を残して
ほぼ全員からの無視や面倒な係り(委員)の押し付け、
でしたが男子からは一部に留まりました。

当時を思い出すと、その年頃の女の子からは煙たい
存在であろうし、目の上のたんこぶだったんだろうな~
などと思わなくもありません。

何故なら、私はいわゆる「連れトイレ(用も無いのに一緒に
行く)」をしなかったり、ちょっとばかり格好いい先輩を皆が
キャーキャーと騒いでいるのに全く興味が無かったり、
いわゆる「グループ」というものに属したがらなかったり、
皆がアイドルに夢中になっている最中、自分は洋楽ばかり
を聴いていたり…と、とにかく趣味というか方向性が悉く
合わなかった訳ですね。

ですから、すぐに「標的」になったと、そう思いました。

しかし、幸い私は部活(美術部)が大好きで、クラスを
離れてしまえば、お呼び出しを頂いたり靴を捨てられる
等々以外はさほど影響はありませんでしたから、専ら
部室に籠もるか家路を急ぐことで「いじめ」の頻度を
少しでも減らせるように回避しておりました。

3年生になった或る日、例によってお呼び出しを頂くわけ
ですが、この日は普段の人数からは想像出来ないほどの
集まりようでした。
総勢…確か40~50人!よくもまぁ集めたモンです。
しかも名前も顔も知らない人ばかり。それはそのはず、
主犯格?の女子数人が属する○○部の女子を全員
集めたらしく、その中には当然、後輩さんが沢山居る
のです。

昔懐かしい響きですが下っ端の見ず知らずの女の子と
「タイマン」を要求されまして、勿論丁重にお断り。
負ける気はさらさら有りませんが、なにせ人数…
勝ったところで次から次へとやる羽目になるのは目に
見えていますので、お断り申し上げた訳ですね。

エンドレスな「タイマン」or全員からの往復ビンタ、
選択を迫られ、私は迷わず往復ビンタを選択。

話が長くなるので(既に長いっちゅーの!!!!www)
割愛しますが、往復ビンタ40~50連発を選択したのも
まだまだ裏があるからでして…。

でも、その日が「いじめ」のフィニッシュと相成りました。

「いじめ」には勿論イイ思い出などありませんし、
おかげさまで中学時代の人間には会いたくも無いの
ですが、あの時代があったからこそ開眼したものもあり、
私の場合は後の人生に大いに役立ちました。

当時の「いじめ」方と現在の「いじめ」方には、当然
違いがあり、時代背景が多分に影響すると思います。

「いじめ」は、所詮弱い人間がすることで、特に私の
場合は顕著な例だったと思います。
一人でやれるもんならやってみなさい、と今でも思い、
また逆に彼女たちを哀れんでもいます。

苛められるほうにも問題がある…
よく耳にする台詞です。

一概に否定は出来ない(私の場合の様に)。
けれど、それは「いじめ」を肯定する理由にはならない。

「いじめ」の問題については、経験者ですから言いたい
事も持論も山の様にあります。けれど、書ききれない程の
思いがあるから、自分の経験談しか吐露できない…。
ジレンマです。

死にたいと…何度思ったことか。

けれど殺してやりたいとは一度も思わなかった。
(何故かは自分でも今でも分からないけれど)

どこか遠くに行きたい。誰も知らない街へ。

でも…私は、私を育てるために働き、私を信じて
見守ってくれていた(見ないフリではない)親の気持ちを
思うと、親を残して消えることは出来なかった。

何故、自分は「いじめ」に屈せず死ななかったのか。
「強かったから」の一言では済まない。
そんなことを言う人間は、いじめをしていた側と同じだ。

苛める側も苛められる側も弱いのだから。

今となると…

私は確かに「いじめ」に遭っていた。
「いじめ」られても只では起き上がらなかった。
親の愛情をちゃんと感じていた。
「いじめ」は生活の一部で、人生の一瞬だと思っていた。
「生きる」大変さは「いじめ」の比ではないと思っていた。

以上しかハッキリと覚えていない。





そして、

どうか短い人生と自ら幕を下ろさないで欲しい…。

~「いじめ」に関わっている子供たちへ~
(苛めている子も苛められている子も放置している子も)

伝えたいことがあるなら声にしなさい。

自分の味方は自分だけです。
あなたの人生はあなた自身のものです。
そして、あなた以外の人の人生も本人だけのものです。

欲求・不満・感情を他のものに転化してはいけません。
転化したものは本来の目的を成就できませんよ。

あなたは「いじめ」をする為に生まれたのですか?




       同じ事をあなたにしてもイイですか?
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by mafo-pandakun | 2006-10-24 02:36 | Comments(10)

自己完結

自分自身の事というのは得てして他人が見るほど
理解していないものであるが、斯く言う私も不思議で
ならない自分の性質がある。

それは…「知りたがり・把握したがり」
予め説明させて頂ければ、上記の性質は他人や
噂話など所謂「三面記事」には当てはまらない。
否、正確に言えば人並みの好奇心はあるものの
自分自身の性質について気になるほどの度合い
ではなかろう。

私が自分の「知りたがり・把握したがり」を不思議に
感じるのは、大概が関わりのある事物に於いてである。

例えば…

*仕事の内容がどんなに些細なものであろうとも
  自分が為すべき「仕事」が何処の部分なのか、
  又、何を目的にする事柄なのか、優先度合いが
  如何ほどなものなのか…それらを把握しないと
  気がすまない。
  逆に言えば、段階的内容の仕事&サポートを
  誰かしらに任せた挙句、それらを理解せずに
  半端にされて二度手間になるのが煩わしい。
 (もちろん、任せないと自分の仕事は現状維持に
 しかならないので、徹底的に指導はするが)

*PCでもTV・VTRでも会社のネットワーク構築でも
  料理でも日曜大工でも、把握しないと気がすまない。
  自分が実際にセットアップせずとも作らずとも、その
  設計図なり仕組みが理解できていないのが気になる。
  これは、実際に手をかけてくれた人が不在の上で
  不具合が生じたとき、復旧できずにイライラするのが
  嫌だから。(でも本当はスゴイ面倒くさがりなんです。)

あくまで自分本位の発想なので、そんなことを言って
いたら全ての事物を我がで造作り我がで整え、我がで
完結せねばならない。そんなことは無理も承知である。

だから、そこまで完璧主義ではないし(大体にして自分
からして不完全なのだから)、実際に手を掛けるかと
言うと必ずしもそうではないのだが、下地として材料・
背景・設計図・過程・目的等々を知っておきたい、
把握しておきたいとの欲求が常にあるのだ。

知らないから何なのだ!?
知ってどうするのだ!?

世の中には知らなくて良いことが沢山あるのにねぇ~。

こうして自己分析の結果、何も生み出さないことを
分かりつつも自慰行為のようにパンダの頭は堂々巡り。

これぞ妄想行為。自己完結。自己満足。

って、将に自慰そのものじゃないか~!!!!!!

                 うにゅ~ん(T◇T)
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by mafo-pandakun | 2006-10-21 23:41 | 妄想 | Comments(6)

我が家のお気に入り~その弐~

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食器棚の一つ。
酒器・つまみ用小皿など、酒絡みの器を置いている。
陶器など和の器が好きなので、どう整理したところで納まるはずはなく…
同じ棚をずら~っと並べられればベストなんだけど。
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by mafo-pandakun | 2006-10-21 12:43 | 雑談 | Comments(6)

「地下鉄に乗って」

盛岡ミステリー映画祭
も終わってしまった。
今年は休みが合わず、全く何も見られず終いだった。
久しぶりに「八甲田~」を見たいと思ったのだが残念!

そんなパンダのところに1本の電話が。
電話は先週の金曜日、主は東京に住む従妹からだった。

「ねぇねぇ、今、盛岡でミステリー映画祭やってるじゃない?」
「うんうん。」
「急で悪いんだけど、友達が映画祭のゲストで盛岡に
行ってるから盛岡案内してもらえないかな~?」
「う~ん…日曜日の午後に少しだけならどうにか。」
「ホント急でゴメン!!!!!」
「うん。も少し早く連絡くれれば1日空けられたかもよ?」
「ごめ~ん(T-T)」
「で?誰?」
「前に話した家族ぐるみで付き合ってる友達パパさん。」
「はいはい、監督さんね。」
「そそそ。多分、2~3時間ちょろっと車でブィ~ンって
見せて回るだけでイイと思うからさ。」
「わかった。むこうに私の携番とアド教えて、連絡くれるように
話しといて?っつーか名前なんだっけ?」
「○◆□×△☆●◎□…」
「おけ。じゃ~ね~。」

という訳で、色々考えつつ当日お迎えに。
映画館通りと大通りの交差点、盛岡の「ハチ公前」と
呼ばれている(かどうかは知らないが)ミスド&北B/Kの
交差点に差し掛かると携帯が…。

顔も見知らぬ同士が目印無しで待ち合わせするのは
かなり無謀だが、さすがは文明の利器…いともすんなり
会えまして、向こうの嗜好を探るべく会話を進めると…

「実はお腹空いてまして(^^;)」と監督さん
「冷麺というものが食べたいんですよ。」
「はぁ。(やっぱり来たか…)イイですよ。」
「他に何かご所望は?」
「ん~特に…(^^;)」

とりあえず昼飯時もど真ん中…中心部を離れることを
最優先に移動し冷麺を。
映画・音楽・家族(従妹家族)・自己紹介などなど
色々なお喋りを気さくに話してくださる面白い方でした。

実はパンダ…否応無しに有名人と言われる方に知合いが
多い。この監督さんが有名かどうかは知らないが、いずれも
自分からファンとして近づくわけでもなく、気付いたら…。

しかし私は有名人であることを知らずにいて、周りから
言われて「そぉなんだ。」で終わる。元来、人の肩書きに
興味が無いので、有名人であることを誇らしく思っている
方には失礼をしてしまっているのかもしれない。

今回は、そういう方ではなかったので楽しくお喋りでき、
東京での再会を約束して別れました。
帰り際にお礼と言って今日のタイトルにした新作の映画
鑑賞券を頂き、更に先ほど映画のCMを目にして、
今更ながら「本当に映画監督なんだなぁ~」と思った
パンダです。

あ!映画は10/21全国ロードショーのようです。(^^;)
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by mafo-pandakun | 2006-10-19 02:20 | 映画 | Comments(9)

意味無し

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我が家では、烏龍茶は自宅で煮出して常備している。
資源と経費?の節約に。
最初は面倒だな~と思いながらやっていたが、10年も続いた今では何の苦もなくやっていられる。

また忙しい日が続き、形ばかりの更新。
コメントへのレスが遅くなっていてすみません。m(_ _)m
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by mafo-pandakun | 2006-10-16 13:16 | Comments(12)

我家のお気に入り~その壱~

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日本画風味のポスター。
とてもじゃないが絵画には手が出ないものの、夫婦揃って絵を描くのも見るのも好きなので、結婚式を挙げた時、記念に買ったもの。
この一枚があるだけで、自分達の創造意欲が生活の中でも枯渇せぬよう、支えてもらっている気がする。

お気に入りの一つである。




実は、この写真…ポスター?の一部を撮ったに過ぎない。
現物はサイズにして95×155(cm)くらい。
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by mafo-pandakun | 2006-10-13 03:55 | FLOWER | Comments(6)

ねむいでしぃ…

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とおちゃんはおちごとにいきました。
パンはおねぼうして、とおちゃんにあえませんでした。
かあちゃんはもちょっとでおしごとにいくんだって。
おしおこたろさんってひとのCDをかけて、おちゃわん
あらってます。

パンはなにしてあそぼうかなぁ…
おふとんでゴロゴロしてあそぼうかなぁ。

もうすぐパンのたんじょおびです。

とおちゃん、さんりんしゃかってくれるかなぁ。
きいろいの。
パン、あしとどくかなぁ?うふふ
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by mafo-pandakun | 2006-10-12 13:57 | panda | Comments(12)