妄想日記

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セックス=音楽

歌を歌う。
歌手・ボーカリスト・うた唄い…
胸を張って言えない自分が居る。

唄うことは寝ることと同じくらい私の中で至極自然な行為で
あるのに、そして自分の支えであるのに、

「音楽」という活動には躊躇してしまう。

活動・行為そのものに、何の否定的感情もないし、
憧れさえ抱いているはずで、

それなのに どこかで罪悪感に近い感情が
私の中に存在するのだ。

歌を歌うことが至極自然な行為であるのに対し
複数人が絡み、活動という行為に発展した途端
マスターベーションをするような感覚に陥ってしまう。

他人の音楽活動、音楽自体は、非常にセックスに
似た行為だと常々感じるのであるが、
こと自分がその面子に入った途端、その活動は
セックスしている人々の中でマスターベーションをしている
自分に変化?してしまうのだ。

ライヴは公衆猥褻でありストリップショーである。

乱暴な表現であることは承知のうえでの持論。
音楽という性的活動も他人に見られ
第三者の興奮により、当人たちは絶頂を迎えやすくなる。

その中にあって私がセックス・交わりとして絶頂を迎えられた
ことは、一度だけ。
何度同じ面子で公開セックス=ライヴをしても、
不特定多数のセックス=セッションをしても、
いつも自慰行為のような虚無感・寂寥感が残る。

繰り返しているうちに、私はセックスそのものに対し
自信を失い、快感を得るために行う自慰に於いても
絶頂を迎えられなくなってきた。

まさにEDである。

嫌いなわけじゃないのに
むしろ積極的に行為をしたいのに。

他人のセックスを見ていれば欲情する。
興奮する。

けれども交わるのが怖いのである。

自分を美化したり肯定する意味ではなく、
自分は精神的なセックスでないと、自慰に感じるらしい。

セックスそのものに没頭できず、
快感を追求できず、
好きな相手でないと満たされない。

セックス=音楽 そのものは こんなにも好きなのに。

いつか私もセックスに没頭できる相手と
巡り合えるだろうか。

しかし、体の相性=演奏の相性というのも
現実には存在しているのだから
つくづくセックス=音楽だなぁ…。

最後に、何故、今日になってこんな話を持ち出したか
というと、WOWOWにてCOCCOのライヴ(生中継)を
見てしまったから。

大好きな女性がセックスに没頭している姿、
喘ぐ声と腰つき、表情に欲情したからだ。

あぁ…

セックスって、イイよなぁ。
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by mafo-pandakun | 2006-08-15 23:31 | 音楽